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【オリンピズム】1964東京(8)東洋の魔女 「お化粧をしなさい」

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【オリンピズム】
1964東京(8)東洋の魔女 「お化粧をしなさい」

宿敵ソ連を下して金メダルを獲得し、うれし泣きの日本チーム。左は河西昌枝主将=駒沢オリンピック公園総合運動場体育館 宿敵ソ連を下して金メダルを獲得し、うれし泣きの日本チーム。左は河西昌枝主将=駒沢オリンピック公園総合運動場体育館

 《日本勝利の瞬間、球技場の屋根はゴウゴウというどよめきにつきあげられた。コートの魔女たちがワァッと抱き合い、輪をつくった。輪はすぐくずれた。オエツをこらえきれなくなったからだ。河西主将一人が泣かなかった。あふれてでるものをこらえるようにして中央に進みで、ソ連チームと審判員の一人一人にていねいに頭を下げた。コートのわきで、爆発的な大松監督の胴上げがはじまった》(当時のサンケイ新聞から)

 三屋裕子は、福井県勝山市で幼稚園に通っていた。東京五輪の記憶は全くない。病弱で、ぜんそくもあり、スポーツは遠い存在だった。メキシコ五輪も覚えていない。五輪の記憶は、札幌冬季の日の丸飛行隊と、可憐(かれん)なジャネット・リンに始まる。

 中学でバレーボールを始めた。理由は「嫌でしようがなかった」という背の高さへのコンプレックスだという。練習法も分からず、図書館で借りた東京五輪の女子バレー監督、大松博文の「俺についてこい」がバイブルとなった。冒頭のシーンはリアルタイムで見たのではないかと混同するまで、何度も見返した。

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