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【オリンピズム】1964東京(5)柔道の精神 謙虚な勝者と潔い敗者

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【オリンピズム】
1964東京(5)柔道の精神 謙虚な勝者と潔い敗者

無差別級決勝で神永昭夫(左)とヘーシンクは激しく戦った=日本武道館 無差別級決勝で神永昭夫(左)とヘーシンクは激しく戦った=日本武道館

 《午後一時にはじまった棒高跳び決勝は、よる十時をすぎてもまだ続く。選手たちの疲労が深まるほど、観衆の興奮はたかまっていった》(当時のサンケイ新聞から)

 宗岡正二は国立競技場にいた。都立小山台高校の3年生だった。自分は受験生であるからと家族を残して帰宅したが、晩飯を食べ終えても棒高跳びの死闘は続いていた。だがそれ以上に、子供のころから打ち込んだ柔道で、神永昭夫がヘーシンクに敗れた衝撃の記憶が大きい。

 宗岡は、畳に駆け寄ろうとするスタッフを押しとどめたヘーシンクと、彼を抱いて祝福する神永の姿に感銘を受けた。尊敬する小泉信三が説く「果敢なる闘士であれ、潔い敗者であれ」は、まさにそこに実存した。

 東京大学で柔道部の主将を務め、就職した新日鉄で、神永の真の姿を知る。ヘーシンクに敗れた翌朝、定時の午前9時には自席についていたという。宴会で乱れたスリッパを、一つ一つていねいに直す大男。それが神永だった。

 ロンドン五輪後、全日本柔道連盟は暴力問題や助成金不正受給などの不祥事に揺れ続けた。この立て直しのため、新日鉄住金会長の宗岡は、全柔連会長に就任した。

 矢継ぎ早に組織改革に臨んだ宗岡は副会長の山下泰裕に3つのお願いをした。柔道にガッツポーズは似合わない。鳴り物入りの応援もふさわしくない。試合後の会見は感情を抑制してもらいたい。

 だから、リオデジャネイロ五輪の金メダルがうれしかった。男子73キロ級優勝の大野将平は畳を降りるまで笑顔さえ見せず、女子70キロ級優勝の田知本遥は勝利を決めると、まず相手選手を気遣った。

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