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【東京特派員】「凌雲閣」「Beeタワー」…タワーが消える世の転変 湯浅博

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【東京特派員】
「凌雲閣」「Beeタワー」…タワーが消える世の転変 湯浅博

 子供の頃に友達の引っ越し先だった浅草を訪ね、六区あたりでよく遊んだ。見せ物小屋のかけ声と伝法院通りの古着屋の連なりが、セピア色の写真のように浮かんでは消えた。やがて成人すると、斜に構えた感じの永井荷風が好きで、彼に師事した久保田万太郎の描く浅草にも、滅びゆくものへの哀惜の情を感じた。

 「咲き満ちてゐた花はあとなく散り尽くした。燃えさかってゐた火は灰燼(かいじん)になった。-十五六年の夢の目覚めたとき、鈴むらさんは、浅草の今戸の八幡さまの地尻に、世の中からかくれて棲(す)むある夫婦のさびしい晩年を見出した」(万太郎『末枯(うらがれ)』)

 荷風のことを、「挽歌の詩人」という人がいる。関東大震災のころまでの浅草には、江戸文化の残照がなお生き延びて、荷風はそれら下町のお座敷芸や脂粉香る花街の風情を愛した。

 おそらく荷風は、「浅草十二階」と呼ばれた当時のランドマーク、凌雲閣も眺めたことだろう。同時代に完成したニューヨークの自由の女神やパリのエッフェル塔に比べて見劣りはする。が、当時の日本が精いっぱいに背伸びをした力作であった。

 煉瓦(れんが)造りのそれは、明治23年に完成した「雲を凌(しの)ぐほど」の高さ日本一を誇った。その十二階が大震災では8階以上が崩れ、瓢箪(ひょうたん)池に落ちてしまった。

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