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【日曜に書く】2025年万博の招致を目指す大阪…でもその役割は終っている 論説委員・鹿間孝一

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【日曜に書く】
2025年万博の招致を目指す大阪…でもその役割は終っている 論説委員・鹿間孝一

 大阪が2025年の万博招致を目指している。

 初耳という方も多いだろう。正直、地元でもあまり盛り上がっていない。

 わが家から歩いて10分ほどの服部緑地(大阪府豊中市)が会場候補地の一つになっている。

 緑の多い都市公園で、阪神甲子園球場の約33倍の広さがあるが、周辺は住宅地である。休日によく散歩するが、芝生の上でバーベキューを楽しむ人々を見ていると、ここで万博というイメージがわかない。それより季節の花々が咲く花壇や、渡り鳥がやって来る池をそのままにしておいてほしい。

東京が2度の五輪なら

 「東京が2度目の五輪を開催するのだから、大阪も2度目の万博を」。低迷する経済の起爆剤にという発想だ。候補地に大阪湾を埋め立てた夢洲(ゆめしま)が新たに加えられたが、IR(統合型リゾート)の誘致を目指しており、アクセスなどインフラ整備を万博で、との目論見(もくろみ)らしい。

 大阪らしいといえるが、そろばん勘定が先行している。

 第1回の万博は1851年にロンドンで開催された。会場として建設されたクリスタル・パレス(水晶宮)が有名である。

 それからしばらくの万博は、産業革命以降の技術文明が生みだした工業製品の巨大な展示場だった。それらがいかに生活を変え、便利で快適であるかを見せてくれた。

 その頂点が1900年のパリ万博である。

 夏目漱石は英国留学に向かう途中にパリを訪れ、万博を見学している。「規模宏大にて二日や三日にて容易に観尽くせるものにあらず。方角さえ分からぬ位なり」と日記に記す。

 高さ320メートルのエッフェル塔が人々を驚かせたが、それだけではない。

 会場には世界各地の特産品が展示され、伝統芸能が披露されて、世界旅行が疑似体験できた。日本も法隆寺金堂風の日本館を出展し、海外公演中の川上音二郎、貞奴夫妻が出演して人気を博した。

 リュミエール兄弟のシネマトグラフ(映画)の上映もエポックメーキングな出来事だった。

 「過去を振り返り、20世紀を展望する」というテーマの通り、パリ万博は20世紀の予告編になった。

パリから大阪へ

 飛行機のない時代に約4800万人もがつめかけたのは驚異的だが、パリ万博を上回る6422万人を集めたのが1970年の大阪万博である。

 「人類の進歩と調和」というテーマをもじった「人類の辛抱と長蛇」を記憶している人も多いに違いない。

 戦後に区切りをつけた東京五輪を成功させ、高度経済成長で、はち切れんばかりの元気があった。時代の気分は楽天的で、「進歩と調和」がすんなり受け入れられた。

 大阪万博では、来るべき未来として、ワイヤレスフォンやテレビ電話が登場し、会場内をモノレールや電気自動車が走った。マルチスクリーンに目を見張り、米国的なファストフードも珍しかった。

 それらのあらかたは実現し、より進化した形で生活の中に入り込んでいる。なかにはすでにノスタルジーを感じさせるものもある。

 こうも進歩が速いと、万博が描く未来は、あっという間にやって来て、通り過ぎてしまう。

苦戦する「百貨」型

 万博は百貨店に似ている。大衆の欲求をかき立てる商品を並べ、憧れのライフスタイルを提案する。初期の広告コピー「今日は帝劇、明日は三越」が評判になったように、百貨店は見て回るだけでウキウキするハレの場だった。

 世界初の百貨店は1852年にパリに誕生したボン・マルシェとされるから、万博と歩みを共にする。だが、近年は、専門店やネットショッピングなどに押されて苦戦しており、何でもそろう「百貨」ではなくなっている。

 万博や百貨店の役割は、20世紀とともに終わったのではないか。2025年の大阪万博招致が盛り上がらないのも、そのせいだろう。

 「健康・いのち・長寿」をテーマに「超高齢化社会の課題解決」が検討されているという。関心は高いが、万博のイメージがわきにくい。

 一過性のイベントではなく、あえて会場を設けずに、大阪そのものをモデル都市とすればいい。それが21世紀型の万博を提案することになる。(論説委員・鹿間孝一 しかま こういち)

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