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【産経抄】日本のアガサクリスティーって? 3月22日

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【産経抄】
日本のアガサクリスティーって? 3月22日

 高校時代から、ミステリーの女王、アガサ・クリスティの作品をはじめ海外の名作を読みあさっていた。慶大3年の時に書いた処女作は、江戸川乱歩賞の最終候補に残っている。

 ▼ところが結婚に際して、早大出身の九州男児のご主人は条件を付けた。「もう小説は書かない」。約束を破るきっかけは、4年後の長女の出産だった。母性の実感と赤ちゃんとの心の通い合いを、どうしても作品にしたくなったという。ご主人に隠れて書いた『天使が消えていく』が、再び乱歩賞の候補になる。時ならぬ“早慶戦”をへて、作家、夏樹静子は誕生した。

 ▼一度、お目にかかる機会があった。若い頃は「御所人形」とからかわれたという、上品な笑顔が印象に残る。「私って世間のこと何も知りませんでしょ。お給料袋ももらったことない。感性も平凡です。だから何でも人に聞かないとわからないし、徹底的に調べないと不安なんです」。

 ▼突撃取材もいとわない。旧ソ連の客船内で若い女性が殺された事件を調べたことがある。夏樹さんは厳重な監視の目をかいくぐって、横浜港に停泊中の客船に潜入した。「団体ツアーの下見です」と言い張って。近年は、裁判員裁判をリアルに描く作品が話題になっていた。

 ▼半世紀にわたる作家生活は、順風満帆の日々ばかりではない。サラリーマンの妻であり、2児の母親でもあった。引退を覚悟するほどの腰痛にも、苦しめられた。それらを乗り越え「日本のクリスティ」と呼ばれた、夏樹さんの訃報が届いた。77歳だった。

 ▼「平凡で幸福な、よく働く作家」。クリスティが自身を評した言葉は、「私にも当てはまる」と夏樹さんは語っていた。「平凡」を「非凡」に代えたら、まさにその通りである。

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