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【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(16)1964年の5年前はどうであったか… 新国立競技場の行方が気に掛かる

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【オリンピズム】
64年東京のいまを歩く(16)1964年の5年前はどうであったか… 新国立競技場の行方が気に掛かる

 2020年東京オリンピックまで、24日で5年を切った。大会エンブレムも発表され、いやが上にも盛り上がりが期待される。

 ますます、計画案が白紙撤回された新国立競技場の行方が気に掛かる。

建設中の国立代々木競技場第一体育館(奥)と第ニ体育館(手前)。1964年7月以降は昼夜関係なく24時間体勢で建設が進められた==1964年8月

建設中の国立代々木競技場第一体育館(奥)と第ニ体育館(手前)。1964年7月以降は昼夜関係なく24時間体勢で建設が進められた==1964年8月

 責任追及は当然である。ただラグビーのパス回しよろしく互いになすり合っていても仕方あるまい。一方で今こそ「オール・ジャパン」体制で事にあたるときだ。

 首相官邸が主導し関係閣僚会議を発足、内閣官房に整備計画再検討推進室がつくられた。関連省庁や東京都から人材が派遣され、建設計画を推進していく。

 ぜひ蚊帳の外に置かれていた実務派を加えてもらいたい。設計・建築のプロは当然、障害者スポーツや環境問題の専門家、アスリート、とりわけ新国立を活躍の場とする陸上競技やサッカー界の選手たちだ。

 メディアの人材も活用してほしい。テレビカメラ位置や取材動線、記者席の場所など経験者しかわからないことは多い。この問題でやり直した大会もあった。

 期間は限られる。少ない時間の有効活用は現場を知る人材登用にかかる。

 1964年の5年前はどうであったか…。

 東京招致が国際オリンピック委員会(IOC)ミュンヘン総会で決まったのが59年5月26日、開会式まで5年5カ月を切っていた。

 国立競技場は当時の建設省関東地方建設局の技官、角田栄と片山光生が設計・計画、58年開催のアジア競技大会に合わせて完成し拡張工事を待つだけだった。

 焦点は64年大会の象徴となる国立代々木競技場の建設にあった。建築家、丹下健三のデザインは内部から柱をなくす画期的な要求である。観客の試合集中と動線確保がねらいだった。

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