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【新聞に喝!】「言葉狩り」になっていないか…表現の自由と問われる「節度」 ノンフィクション作家・門田隆将

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【新聞に喝!】
「言葉狩り」になっていないか…表現の自由と問われる「節度」 ノンフィクション作家・門田隆将

神戸市の書店店頭に並ぶ「絶歌」(頼光和弘撮影)

 日々の新聞報道に触れていると最近、「節度」という言葉を思い浮かべることが多い。神戸連続児童殺傷事件の犯人の元少年A(32)が、手記『絶歌』を出版したときもそうだ。自らは匿名のまま、遺族に新たな苦痛と哀(かな)しみを与えたこの本には否定的な世論が優勢だった。しかし、それでも出版に肯定的な立場の人も少なくなかった。

 根拠は、「言論・表現の自由」である。これは民主主義の根幹を成すものであり、侵されてはならないからだ。だが、同時にそれほど重要な権利だけに、それが「無制限なもの」であってはならないことも、また事実だ。そこには自(おの)ずと「節度」というものが求められる。

 凶悪事件の当事者、つまり、他者の人権を完膚(かんぷ)なきまでに抹殺した者に、その犯行を描写したり、遺族を新たな絶望に陥れたり、あるいは巨額の利益を得たりすることは果たして許されるものなのだろうか。いわばこの問題は、言論・表現の自由を行使する側の「節度」と、その「線引き」の難しさが問われたものでもあっただろうと思う。

 安保法制をめぐる最近の新聞報道には、私は、ずっと違和感を抱いている。如実に表れたのは、作家の百田尚樹氏が自民党の勉強会で「沖縄の2紙はつぶさないといけない」と発言した、と報道されたケースだ。

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