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【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(4)柔道は世界のJUDOに 先人の知恵に育まれた日本武道館

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【オリンピズム】
64年東京のいまを歩く(4)柔道は世界のJUDOに 先人の知恵に育まれた日本武道館

 春は桜に夏青葉、秋の紅葉に冬の雪。四季折々の表情をみせる東京・北の丸公園に金色の擬宝珠(ぎぼし)、青銅色の八角屋根が調和する。

 日本武道館は不思議な趣の施設である。

 「ここは江戸城内で最も高く、固い岩盤の地。戦前は近衛連隊も置かれた北の守り、今でいうパワースポットでしょう」

 公益財団法人日本武道館理事、事務局長の三藤芳生はよどみなく歴史を語る。

空から見た日本武道館。数ある候補地の中から、当時の池田勇人首相、河野一郎建設相が建設場所を選定した

空から見た日本武道館。数ある候補地の中から、当時の池田勇人首相、河野一郎建設相が建設場所を選定した

 1964年東京大会で初めて日本発祥の柔道がオリンピック公式競技となった。旧制四高柔道部出身の衆議院議員、読売新聞社社主の正力松太郎を会長に財団法人日本武道館が結成され、武道館建設に動きだす。

 組織委員会は国立代々木競技場で競泳終了後に柔道を行う意向だった。だが、武道館は引かない。決定は難航した。総工費18億円、延べ18万2200人による11カ月の突貫工事の末、開幕ひと月前の完成だった。

 新たな武道の殿堂で日本は軽、中、重量級の3階級で金メダルを獲得、本家の実力を世界に示した。しかし、肝心の無差別級決勝で、神永昭夫はオランダのアントン・ヘーシンクに抑え込まれた。日本柔道界が『けさ固め』されたのだ。

 「無念だったと思う。でも、それが世界のJUDOに育つ発端でした」

 2020年、再びこの地が闘いの場となる。数少ない1964年からの継続会場だ。「当時の男子4階級から男女7階級に増え、女子更衣室やトイレ、ウエートトレーニング施設なども増築しなければならない。ドーピング検査場も必要、それに空手道が加われば…」。三藤は課題に指を折るが、顔はむしろ期待にあふれている。

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