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【日曜に書く】さまざまな桜を思い出す 論説委員・鹿間孝一 

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【日曜に書く】
さまざまな桜を思い出す 論説委員・鹿間孝一 

 池波さんは生き残った。その後、何度も春が巡ってきたが、あの時の桜を見た目や心は取り戻せなかったという。

 今年は戦後70年である。池波さんも前述の久世さんもすでに鬼籍に入った。

 戦争体験はないが、20年前の阪神大震災を思い出す。

 自宅近くの公園のグラウンドに仮設住宅が建てられた。そこはグラウンドを囲むように桜の木があり、いつも家族で花見をする場所だった。

 その年も桜は咲いた。住み慣れた家を失い、あるいは離れた人たちは、花見をする余裕などなかったろうが、避難生活の慰めになったはずだ。

 仮設住宅は3年ほどで撤去された。対して、東日本大震災の被災地では、4年が過ぎてなお20万人以上が避難を余儀なくされている。

 ◆人生を重ねて

 日本人はどうしてこんなに桜が好きなのか。美しさもさることながら、パッと咲いて散る潔(いさぎよ)さ。満開の豪奢(ごうしゃ)と、散り際のはかなさ。そのコントラストに、人生を重ねるのだろう。

 私事で恐縮だが、阪神大震災の前年、北海道から大阪に遊びに来ていた父の具合が悪くなり、急いで帰らなければならなくなった。数年前に癌(がん)の手術をして回復したと思っていたのだが、転移していたらしい。

 介助が必要で、老いた母と2人で飛行機に乗せるのは心配だったので、休みを取って同行することにした。ちょうど桜が満開だった。

 伊丹空港までタクシーで行ったが、運転手さんにお願いして、遠回りだが桜並木のある道をゆっくり走ってもらった。父は無言で桜を眺めていた。

 北海道に到着すると雪が舞っていた。その桜を見納めに、まもなく父は亡くなった。

 「花咲いて思ひ出す人皆遠し」(正岡子規)(しかま こういち)

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