産経ニュース

【鈍機翁のため息】(253)間奏 I なぜ「ギリギリまで」なのか

ニュース コラム

記事詳細

更新

【鈍機翁のため息】
(253)間奏 I なぜ「ギリギリまで」なのか

 「骨力を養う30年に」で、私は「だから戦争はギリギリまで避けなければならない」と書いた。すると読者から「なぜ《絶対に》ではなく《ギリギリまで》なのか」という疑問が寄せられた。大切な問題だと思うので回答しておきたい。

 戦後の日本においては、「絶対に戦争はだめ」という考えが「だから軍備は不要」という短絡的な発想を生み、さらに「戦争など起きっこない」という弛緩(しかん)と慢心を国民にもたらしているように感じる。70年もの平和を日本人が享受できたのは、極論すれば、単に運がよかったからではないか。「戦争は常に起きる可能性がある」という緊張感を持ち、柔軟に現実的な対応を取っていかないかぎり、平和は維持できないと思うのだ。それゆえ《絶対に》という言葉をここで使用することに大きな抵抗を感じたのである。これで回答になっただろうか。

 さて、次はおわびである。「松山ケンイチさんの感性」で、角川春樹さんが松山さんに見せた映像を「知覧から翌日飛び立つことになっている特攻隊員の様子」と書いたところ、73歳の読者から、《「知覧」ではなく「万世」です》という指摘を受けた。万世特攻記念館に確認したところ、指摘の通りだった。特攻隊員=知覧という筆者の思い込みが生んだミスでした。おわびし訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。自らの弛緩と慢心を反省し、骨力を養っていきたいと思います。(桑原聡)

「ニュース」のランキング