産経ニュース

【東日本大震災7年】政府主催追悼式遺族代表 「『自分の命は自分で守る』『逃げる意識』を伝え続けたい」 五十嵐ひで子さん(70)=福島県相馬市出身

ニュース 社会

記事詳細

更新

【東日本大震災7年】
政府主催追悼式遺族代表 「『自分の命は自分で守る』『逃げる意識』を伝え続けたい」 五十嵐ひで子さん(70)=福島県相馬市出身

東日本大震災の発生から7年、政府主催の追悼式。福島県遺族代表の五十嵐ひで子さん(内閣府提供) 東日本大震災の発生から7年、政府主催の追悼式。福島県遺族代表の五十嵐ひで子さん(内閣府提供)

 あれから7年の月日がたちました。

 もう7年なのか、いやまだ7年なのか、心の中で、いくら考えても導かれる答えがでてきません。そうだよね。想像などできない、あの絶望のふちに立たされた悲しみ、いたみ、そして傷つき、ただ呆然(ぼうぜん)としていましたから。

 震災当時、私たち家族は相馬市の海沿いで民宿を営んでおりました。

 あの日、大きな地震とともに、電気が切れ、全ての情報が途切れました。

 消防団の方から「今、岩手・宮城にすごい津波が来ているから早く逃げてください」と言われましたが、何回も海を見に行き、すぐには逃げませんでした。

 消防団の方に促され、私は夫と叔父と3人で避難を始めた直後、大きな津波に襲われました。波に体を4メートルぐらい持ち上げられ、隣の家の松の木につかまりましたが、波はどんどん押し寄せ、一緒にいた叔父が私の手から離れていき、夫も私から離れていきました。夫は、「ひで子~」「ひで子~」「ひで子~」と3度叫び、それに応えて、私も夫の名前を叫びましたが、返事はありませんでした。壁のように高く、真っ黒な波が私をのみ込んで、そのまま800メートルぐらい流され、気付いたときには、がれきの中でした。「助かった~」。でも寒さで、身も心も凍るほどでした。意識が遠くなりそうな時、消防団のみなさんに助けられて、気付けば病院のベッドの上でした。

続きを読む

このニュースの写真

  • 政府主催追悼式遺族代表 「『自分の命は自分で守る』『逃げる意識』を伝え続けたい」 五十嵐ひで子さん(70)=福島県相馬市出身

「ニュース」のランキング